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2002/11/24
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2001/11/27
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【六義園雑記帳】……(1)「溺れる亀」

子どもの頃、顔から火が出るほど恥ずかしかったことで、中年になっても恥ずかしさが持続していることというのは少ない。
 
僕は子どもの頃、水泳がからきしだめで、それがとても恥ずかしかった。
恥ずかしければ、恥ずかしくないよう努力すれば良いのだけれど、「努力しよう」とすればするほど、身体に力が入って浮かんでいることが困難になるのが、水泳の厄介なところだと思えた。
 
数少ない父親との思い出の中で、水泳指導をしてもらった記憶が今でも鮮烈に残っている。
伯父が大磯ロングビーチ(現大磯プリンスホテル)のコック長をしていたため、同ホテル内のプールで1歳年下の従妹と遊ぶことが多かったのだが、父が二人に「浮輪無しで泳げる」ようにしてやるという。
プールサイドに二人を座らせ、父がプールの中ほどに立ち、苦しくなったら必ず助けてやるから、ここまで浮輪無しで泳いで来いというのだ。従妹のこずえちゃんは見事に父の元までばた足で泳ぎ着き、抱き上げられてきゃっきゃと笑っている。次は僕の番なのだけれど、どうしても水に入って父の元まで泳ぐ気がしなくて、終いには泣きべそをかいていた。父は舌打ちし、
 
「雅彦はだめだ」
 
と苦々しい顔で、吐き捨てるように呟いた。
水に身体を任せることが出来ないように、僕には始終、浮き草のように家庭に根を張らない父親を信頼できない気持ちが既にあり、父もそれに感づいて苦々しい思いをしたように思えてならない。
 
中学校は港町にあったので水泳の授業も厳しく、卒業時には25メートルプールを往復する競技会に出ることも出来るようになっていた。50メートルしか泳いだことが無いと友人に言うと、プールで50メートル泳げるなら海だともっと泳げるはずだと励ましてくれたりしたのだが、どうしても水に対する恐怖心がぬぐいきれないまま大人になり、今でももっとも恐ろしい死に方が溺死だったりする。

台風が通り過ぎた翌日も東京の気象状態は不安定で、激しい雨が降った後、手の平を返したような晴天になったので、雨上がりの六義園内を散歩してみた。雨上がりで、園内の池の水はひどく濁っているのだが、それにしてもカメの多さに驚く。しかもミドリガメが圧倒的に多い。ペットとしての飼育に飽きて放流された外来種のミドリガメが、在来種のクサガメやイシガメを駆逐しているという話は良く聞くけれど、六義園内でも同様の現象が進行しているようだ。
 
あちらこちらの岩場で甲羅干しをしているカメがいるが、定期的にこれをやらないと皮膚病になるという。ミドリガメはテリトリー意識が強いらしく、岩場から仲間を突き落としたりする姿も見られる。これなら爆発的に増殖するわけだ。しかし、こんなに岩場を独占されると、陸上にあがれず溺死するカメもいるのではないかと心配になる。そう、カメも溺死するのだ。
 
静岡県清水市にあった祖父母の家は巴川沿いにあったので、雨上がりなど、卵からかえったばかりの子ガメがよちよちと歩いているのをよく見かけた。

従弟が捕まえてきて金魚の水槽で飼うというのだが、
「上れる岩場がないから溺れちゃうよ」
と言っても、耳を貸そうとしない。水に浮かんで水上に首をもたげている子ガメを指さして
「ほら、大丈夫」
と得意げに笑うのだ。
数日後、水に浮かんで、首を水中にうなだれ、子ガメが水死していたのは言うまでもない。水陸両生のこの生き物の飼い方を知らない人は意外に多く、それが縁日などで手軽に売られているのが問題なのだ。
 
文京区、根津神社の祭礼でゼニガメ(これもミドリガメだった)を買った親子を見かけた。
ビニール袋に少し水を入れ、空気をたくさん入れてパンパンにして持たせてくれるのだが、この父親は水があまりに少ないと思ったらしく、水飲み場で袋を開き水をいっぱい追加しているのだ。
僕の隣でビールを飲んでいたお年寄りたちが、遠目に見ながら、
「あーあー、そんなに水を入れたらカメが溺れちまうよ」
「はっはっは、最近の父親はなーんにも知らないんだなぁ、まぁいいか」
「それも勉強になるからなぁ」

などと笑っていた。
 
中学時代、大嫌いだった水泳の授業だけれど、一つだけ自信を持って臨める競技があった。
水中に潜水し、無呼吸で何メートル進めるかを競うのだが、僕は、ずば抜けて肺活量があったので、浮かなくて良い、この泳法には自信があったのだ。
もうだめだ、という限界まで水中を突き進み、どうだとばかり水面に浮かび上がったら、級友たちが爆笑している。なんと、本人は得意げに潜水していたつもりなのだが、お尻だけがぽっかり水面に浮かんで移動しており、さながらカメの様だったというのだ。浮かぶのが苦手な人間は、潜るのも苦手らしい。
 
ということで、カメを見るたびに思い出す水泳競技は、今でも少し恥ずかしい。

※写真は、2002年7月16日、六義園内のカメたち。