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2001/11/27
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【六義園自然観察……010
極私的・夏休み親子六義園自然観察教室……3[アリジゴク]
●●●今日の寄り道→ 【浅草ロック座】


規則正しいお通じというのは大切なものであり、そのためにも歩くという習慣はさらに大切なものである。
 
副作用の少ない痛み止めが使えるようになって、ガンというのは痛みをこらえる病気ではなくなったといわれるけれど、数少ない副作用のひとつとして便秘がある。便秘止めと下痢止めを上手く使って排便をコントロールするのだが、歩くことによって腸の活動を活発にし、自然な排便を助けるのがさらに良いと思う。
 
母の場合歩き始めて15分くらいで腸の活動が活性化するらしく、1時間くらいかけての六義園散歩がとても都合がよい。腸の動きが活性化することによって腸内に散在するガスの排出が始まるようで、高台にある茶屋跡のベンチに腰を下ろし、のんびりと体内のガスを排出する母の隣にいると、太宰治の小説を思い出す。
 
「とかくして頂上についたのであるが、急に濃い霧が吹き流れて来て、頂上のパノラマ台という、断崖の縁に立ってみても、いっこうに眺望がきかない。何も見えない。井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰をおろし、ゆっくり煙草を吸いながら、放屁なされた。いかにも、つまらなそうであった。」(太宰治『富嶽百景』より)
 
井伏氏とは井伏鱒二だが、わが家の井伏先生は茶屋に腰掛けて放屁なされており、息子としてはただ隣に座って煙草ならともかく空気を吸っているのもヘンなので、茶屋の回りをブラブラと俯きがちに歩いたりし見事なアリジゴクが集中している場所を見つけて大喜びしたりする。

onMouseOver

見事なすり鉢だなぁと眺めていたら、母もいつの間にか向こうを向いて側に屈んでおり、子どもに戻ってひとり遊びを始めたのかしら、珍しいこともあるなぁと思ったら、アリをつまんでヒョイとすり鉢の中に落とす。残虐な母である。
 
この季節のアリは元気ハツラツであり、「ファイトー、いっぱぁつ!」と言っているかどうかはわからないが、もの凄い勢いで6本の足を動かしてすり鉢から逃れ出てしまう。母はチェッと舌打ちし「もっと痛めつけとけばよかった」などと言い、ますます残虐な母である。
 
アリジゴクという名はあるけれど、僕はアリをつかまえるアリジゴクを見たことがなく、どこのアリジゴクも餌食にするのはダンゴムシなどの動きの鈍い虫なのである。すり鉢に落ちたら最後、這い上がれなくなり、アリジゴクに噛みつかれて砂の中に引きずり込まれ、体液を吸われた末にすり鉢の外へポイッと放り投げられるのである。この辺りはダンゴムシが非常に多いようで、すり鉢の回りには死骸が散乱している。

onMouseOver

六義園内を散歩するともっと大きなすり鉢を見ることがあり、母はこれもアリジゴクかと聞くのだが、アリジゴクにしては大きいし、すり鉢の形が生きものを引きずり込むには甘いし、第一雨露をしのげない日向にあるのがヘンなのである。
 
日向のベンチに腰を下ろし、ペットボトルの水を飲み、集まってくる鳩をかまいながらわが家の井伏先生が放屁なされている間、奇妙な大型アリジゴクの方を見ていたら、なんと雀がやってきては砂浴びをしていくのである。すり鉢に半分ほど身体を沈め、羽を膨らませて激しく振動させ、見事に全身に砂を浴びるのであり、寄生虫駆除と羽毛の油分調整が目的らしい。だから日当たりの良い乾いた場所に大型アリジゴクができるのである。母も現場を目撃して満足そうに放屁なされた。
 
アリジゴクは2・3年すり鉢の中で過ごした後、羽化してウスバカゲロウとなるのだが、アリジゴク時代の身体には肛門がないのだという。大切な栄養を無駄にしない工夫らしい。ウスバカゲロウとなった時点で溜め込んだ糞を一気に排泄して身軽になるのだそうだが、毎日散歩で快便を心がけなければならないわが家の井伏先生とは正反対の生き方である。
 

【今日の教訓】(1)殺生は生き物の定めだが、他の生き物の殺生に遊びで力を貸したりしてはいけない。(2)初夏のアリは元気が良い。(3)スズメの健康法も半身浴である。

写真大上:アリジゴクのすり鉢群。
写真大下:ダンゴムシの墓場。
写真中上:日陰にあるアリジゴクのすり鉢。
[Data:MINOLTA DiMAGE 7]
写真中下:日向にあるスズメのすり鉢。

[Data:SONY Cyber-shot W1]

 

観察日:2004年7月15日