2008/02/10
 六義園雪景色
 散歩

2002/11/24
 六義園夜間
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2001/11/27
 六義園夜間
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【六義園自然観察……9】
極私的・夏休み親子六義園自然観察教室……2[君の名は]
●●●今日の寄り道→【夫婦黄櫨】


母に現れる激しい躁と鬱の周期が感覚を狭めてきたように思い、老いと重病が複合した上に若い頃から難しい人だったので、どのように医療の力を借りて良いのかもわからず心労が絶えない。それでも自然の中を歩く時だけは別人のように安定しているので、午後3時を過ぎて散歩に連れ出し、灼熱の日ざしの名残を座布団がわりにして、母と並んで腰掛けて過ごすベンチでのひとときは、ありきたりな言い方で恥ずかしいが“心のオアシス”である。
 
見上げるとウィリアム・モリス(「1834−1896。イギリスの工芸家・詩人。産業革命後の芸術の機械化に反発,近代デザイン運動の発端を作った」三省堂新辞林より)のパターンのように、美しい植物模様の空が見える場所がある。そして、その枝をよく見ると沢山の果実をつけている。
 
人の人生と同じく、植物もまた花も実もあった方が心ひかれ、とくに実は“食べられるのかなぁ”と興味が尽きないので、その木の実を写真に撮り、植物に詳しい友人に問い合わせてみたりしたのだが、今ひとつ確信を持った答えが見つけられずにいた。

onMouseOver

「『極私的・夏休み親子六義園自然観察教室』第1回目の散歩で母にこの実を見せ、母は張り切って植物図鑑を調べておくと言っていたので、ベンチに腰を下ろし、数メートル先の謎の木を見ながら
「で、お母さん、あの木は何だと思う?」
と、聞くと、
「きっとハゼノキで、あの実からは蝋が採れるはずだよ」
と、言う。
 
「えーっ?」
と、驚いてベンチの斜め後ろの木を指差し
「お母さん、ハゼノキは別にこっちにあって、ちゃんとウルシ科のハゼノキだと表札がついているけど、実はなってないから違うんじゃないの」
と言ってみた。
 
母は、立ち上がって数メートル離れて植えられ、大きさも枝振りも全く違う、実のある木と実のない木の間を何度も往復し、
「間違いないよ、枝振りも大きさも違うけれど葉っぱが同じだから、きっとハゼノキには雄と雌があるんじゃないの?」
と自信ありげに言う。

onMouseOver

母がハゼノキの実だというものが一粒落ちていたので拾って触ってみると、確かに果皮から蝋の材料が採れそうな実である。
「この実は食べられないのかなぁ」
と口いやしい息子がつぶやきながら母の手のひらに戻すと、母は
「ほらっ!」
と、足元に群がっている鳩に向かって投げ、数羽がくわえては吐きだしたものを1羽の雄鳩が丸飲みし、それにはさすがの母も驚いたらしい。
 
あの鳩は大丈夫だろうかと帰りの道すがらも心配そうなので、帰宅後早速調べてみたら、ハゼノキは雌雄異株であり、実は間違いなくハゼノキの実であり、秋になるとハゼノキの実を食べるのを楽しみにしている鳥もいるとのことなので、母に伝えたら満足するとともに安心していた。
 
六義園のハゼノキは夫婦黄櫨(めおとはぜ)だったのである。
 
母は愛犬イビにも思いがけないものを投げてやり、「あんなものを食べちゃった!」と大騒ぎすることがある。
【今日の教訓】丸飲みする動物に食べられないものを投げ与えてはいけない。

写真大上:雌株のハゼノキ。
■■:ハゼノキの実。
写真大上:雄株のハゼノキ。
■■:雄株の方が葉が優しげである。

写真は全て[Data:MINOLTA DiMAGE 7]



【夫婦黄櫨】
そうか、六義園のハゼノキは男女のカップル、アベック、夫婦だったのかと気づき、そういうワン・ペアとして眺めてみたことがなかったので昼下がりに記念写真を撮ってみた。

左が雄株、右が雌株なのでノミの夫婦である。

2004年 7月 14日 水曜日 2:00:32 PM
[Data:MINOLTA DiMAGE 7]

     

 

観察日:2004年7月14日