2008/02/10
 六義園雪景色
 散歩

2002/11/24
 六義園夜間
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2001/11/27
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【六義園自然観察……8】
極私的・夏休み親子六義園自然観察教室……1[タイサンボク]

「2004年アテネオリンピック開幕まであと1ヶ月だね」
六義園内を母と二人で散策中にそう呟いて万感胸に迫る。
 
夏の終わりに医師から、早くて3ヶ月、長くて6ヶ月くらいしかもたないかもしれないと告知された母である。治らなくても今日の元気を明日につないで、できるだけ長く頑張ろうと励ましつつも、2004年夏に開幕するオリンピックの話を母にして、「お母さんは見られないかもしれないね」という言葉を聞く勇気がなかった意気地なしな息子である。
 
奇跡的に「ここまで来られたんだから、もう一年頑張ろう!」という祈願を込めて、1年間有効のフリーパス『六義園パスポート』を親子で揃って購入したのが7月1日である。六義園に隣接して暮らすなどという恵まれた環境なのに、わが家の年寄りたちはすすんで入園しようという覇気が無さそうなので、何とか良い環境の中をバンバン歩かせ、精神的ストレスをズンズン解消させ、腸をガンガン活性化させて排泄を促し、運動と日光浴でガッチリ骨粗鬆症を防ぎ、食欲をグングン増進させ、病気と闘う体力と気力をグイグイ充実させる、というフィリップ・トルシエを懐かしく思い出すようなアグレッシブな戦術だったが、母は
「何回入園してもタダなら、毎日でも、一日に何回でも散歩しちゃうよ」
などとずっこけるようなことを言う。
 
タダなら毎日でも通いたいなどと言い放ってはみたものの“ひとりの楽しみ方”を知らない母なので、ちっとも通う気配がなく、これも最後の親孝行と思って、本当に毎日通わせるための新たな作戦に出た。
 
『夏休み親子教室』などという洒落た親子関係は、僕が母と暮らした時代には無かった。いい年をした親子になってから、照れ臭い思いもかなぐり捨て、母と二人、勝手につくって気ままに取り組む『極私的・夏休み親子六義園自然観察教室』であり、その実体は息子が毎日付き添う病人の散歩である。
 
愛犬イビの散歩の友にとデジカメを与えたら、朝の散歩から帰って、ニヤッと笑いながら「珍しいものを撮ってきたから見てごらん」などと言うので、パソコンに取り込んでみたら、真っ黒にひからびてミイラ化したカエルの写真だったりする母である。六義園内に踏み込んだら、早速奇妙なものを見つけて「なんだなんだなんだ」とうるさい。
 
モクレン科モクレン属、学名Magnolia grandiflora、grandiflora=大きな花という名前のタイサンボクは大きなものが何本か六義園内に育っている。そもそも北アメリカ(フロリダ半島を中心にしたメキシコ湾沿岸)が原産で、日本には明治時代、新宿御苑に導入されたのが最初だというから、六義園内の大木は明治以降のものである。

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「お母さん、6月中旬頃に散歩したとき大きな花が咲いていたじゃない」
「ああ、あのタイサンボクか」
と見上げると、花の時期を終えたタイサンボクは秋の稔りの準備を始めている。袋果(たいか=「乾果のうちの裂開果の一種。内縫(ないほう)線または外縫線に沿って裂ける。キンポウゲ科・モクレン科の植物に多い。」三省堂新辞林より)が集まった集合果(しゅうごうか)で、秋が深まると裂けて開き、白い糸のついた真っ赤な種子がのぞくという。

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別のタイサンボクの下にも若い状態の穂がたくさん落ちている。
「どうして落ちちゃうんだろうねぇ」
と母は首をかしげるが、鳥がつついて落としたのか、秋にしっかり実をつけるために、ある程度自分で間引くというようなことがあるのか、はたまた病気なのかは知らないので、一緒に首をかしげる(いい加減な自然教室だ)。
 
「持っているから写真を撮って」
と母が言い、昨年の秋に上京した当時は見るに耐えないほどに黒ずんで変形していた母の爪がいつの間にか健康な状態に戻りつつあるのが嬉しくて、タイサンボクなんてどうでも良く母の爪ばかりを見ていた。
 
一病息災と言うけれど、ガンは治らずに現状維持ではあるものの、健康を心がけると母の爪のように思わぬ場所が治っていくものだ。
 
たわむれにタイサンボクを手に取りし 母の爪見て散歩あゆまず

写真小:母が目ざとく見つけた路上の異物。
写真大上:2004年6月17日のタイサンボク。
写真大下:2004年7月12日のタイサンボク。
写真は全て[Data:KONIKA MINOLTA DiMAGE Xg]


 

観察日:2004年7月13日