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【六義園自然観察……6 タケノコ】
「食べられる!」ということ自体が人間にとって衝撃的なことがある。
代表的な江戸時代の大名庭園である六義園内を歩くとき、この植物は食べられる、この植物は食べられないと、人間にとって食用となるか否かの品定めをしながら歩いている人は滅多にいないと思う。
この時期に花をつけているハナイカダだって若々しい葉は食用になるのだけれど、見た途端に天ぷらを連想して失敬していく人もいないと思うし、巡回路脇にシダ類が芽吹いているのを見て「あっ、ゼンマイよ!」などと間違えている人がいて笑えるが、それでも手折って持ち帰ろうとする姿を見たことはない。
どんな植物でも時節が到来すれば芽吹くのだが、芽吹いたものにコゴミとかフキノトウとかのいかにも“食用”的な名前が付いていると、水族館でコハダやハマチを見るようで、ゴクッと喉が鳴ったりする。
大名庭園鑑賞は一種の学習なので喉など鳴らさないような心構えで歩くのだけれど、突然目の前に沢山のタケノコが出現したりすると、やっぱり驚くし、喉がゴクッと鳴ったりする。
ゴクッと来たら採りたくなるのが人の本能かもしれず、本能除けのお守りとして、六義園のタケノコには竹で作った檻がかぶせられている。

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郷里静岡の茶業農家では、美味しいお茶栽培の技術として「藁かけ」などといって束ねた藁を円錐状に広げて新芽にかけているのを見たことがあるが、こちらの円錐は美味しいタケノコづくり用のものではないと思う。
円錐の檻の中には小さなタケノコが一つずつ入っており、雪国のカマクラを思い出すが、タケノコの産地としても指折りである静岡県清水で暮らしたりすると、
「あんなに芽ん出たタケノコは不味いんてうっちゃっといて、ほんのちいっと芽ん出てるミルイ奴を掘るだよ(あんなに地上に芽が出てしまったタケノコは固くて美味しくないからそのままにしておいて、もっと柔らかいまだ土中にある部分が多いタケノコを探して掘りなさい)」
などと幼い頃に年寄りから教わったので、これくらい地上に出て育っていればタケノコも採られる心配もなく安全じゃないかと思うのだが、六義園内で料理の盛りつけに使う葉っぱを失敬してくる、などと自慢げに話していた飲み屋の“非常識バカ”親爺も知っているので、そういう“非常識バカ”ならこんなタケノコも採りかねないわけで、“非常識バカ除け”のお守りとして竹の檻が必要なのかもしれない。
もっと食べ頃のがあの辺りに出てるはずだとカメラのレンズを覗いて探したら、土の中からちょっとだけ顔を出していた。こちらは“非常識バカ”だと見つけにくいので、まだ檻は設けられていない。
観察日:2004年4月17日
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