夜のバス
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花巻駅には夜7時頃着いた。
静かな宿でちよっと早い紅葉と温泉、そして酒、これが目的だった。
花巻は宮沢賢治で有名な町だが宮沢賢治を私は好きではない。駅からバスで1時間半くらいのところに古い、古い温泉宿がある。今年は夏の暑さがつづき、9月になるというのに花巻もまったくの夏であった。駅は閑散としていた。「静かでのんびりできるぞー」。私の頭には「露天風呂でビール、ゴクゴクプア〜」の絵が浮かんでいた。
バスは運転手と客は私一人。
発車しかけたバスを止めて男が二人乗り込んできた。
一人はふとっているわりには小さい頭を剃ったスキンヘッド、ストローハットの野球帽風を斜にかぶっている、目、鼻、くちヒゲ、口がギューと真ん中に集まった顔、三白眼に短気な性格が漂っている。上下を黒でまとめ、銀色の女物のサンダル、なにか異なものを感じさせる。もう一人の弟分らしき男は寡黙なネズミ男風。二人は乱暴に座席につくと、急に大声で話しだした、なにかに憑かれたように相手に同意を求めている。
バスは山の方へ走る。
二人は大声でしゃべりながら、今度は席を移動し始めた。バスには誰も乗ってこない。車外の家の灯もまばらになってきた。バスに乗って30分もたっただろうか。バスは山あいの停留場にとまった。老婆が一人乗ってきた。
ハッシャ〜 オーライー!
スキンヘッドが突然大声で歌いだした。運転手も私も、今乗ってきた老婆もビックリ。老婆は緊張しながら真ん中の席にすわった。歌はなおもつづいている、老婆は不安そうに席を運転手のすぐ後ろに移した。
イナカ〜ノバスハー オンボログルマ〜
歌は最後までいかずつぎつぎに別の歌に変わる。私もだんだん緊張してきた。運転手も心なしか全神経を後ろに集中しているようだ。老婆は身をかたくして窓の外を見つめている。私の降りる停車場は終点の一つ手前で、まだ45分ほどもある。バスに乗るのは好きなのだが、このバスはキツイ。歌はますます、大きく、はげしく、中途半端に。
ピンポン
下車のランプがついた。あの二人組か?。いや、老婆が「この空気には耐えられぬ
」とでも言うようにころがりおちていった。
客は乗ってこない。長い長ーい時間がすぎた。もうすぐ私の降りる停車場だ。もうすこしだ。私の降りる一つ手前で下車のランプがついた。
二人組だ!
二人は団体歓迎の大きな旅館の前で騒ぎながら降りていった。緊張していた私の気持ちは温泉に落ちた雪のようにとけていった。
「チクショー、風呂に入ってつめたーいビールをのむぞー」。
私のめざした旅館は、露天風呂が有名な古い一軒宿であった。「まあ、とにかく風呂に入ってください」。実直そうな番頭に案内され、私は風呂に入った。
露天風呂には誰もいなかった。暗い山、川の水音、いいところだ。30分ぐらいのんびり湯につかっていると歌が聞こえてきた。客が長い階段を降りて風呂場に来るらしい。
イナカ〜ノバスハー オンボログルマ〜

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