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【2】定年後生活・点描
「ぺっぷとーく」(組合機関誌)編集長☆ Yoshimi Nonakaさま。
ご無沙汰していますが,お元気ですか? 原稿が遅れてごめんなさい。
退職後,あわただしいままでまだ落ち着きませんが,いまどき珍しく和服姿のよく似合う妙齢の編集長 (^^; からの原稿依頼ですので,無碍にお断りするわけにもいきません。それに編集長には,退職前に別の原稿依頼を受けてOKしたのに,事情があってボツにした弱みがあり,いささかの義理もありますし……。
著者がなにかのことでいくらかの義理や弱みを感じるようなことがあれば,それを礼儀正しく効果的に活用し,原稿依頼につなげるというのは編集者に不可欠なノウハウですね
(^^;。小生はもちろん著者ではないし,この原稿もどきも「退職後の近況報告」というテーマにはそぐわないメモに過ぎないものですが,日常生活の雑事とその折々の感想を脈絡もなく書き連ねてみました。個人的な事情が多くて,組合員の皆さんの定年後のご参考になるとは思えませんが,ご了解のほどを。
■点描(1)
金と女について考察し,迷妄を深めるのこと
当たり前のことながら初めての定年退職なので,いろいろと戸惑うことも多かったですね。とくに退職前後は,父母の介護問題のために大阪の実家との連絡や往復のほかにも,失業手当や年金の手続きなどの煩雑な事務もあり,なかなか落ち着いて今後の生活設計を考える時間がなかった。遠距離介護は家族介護にとって厄介かつ困難な課題で,仕事で老人看護・介護を取材することが多かったこともあり,そういう事情は知っていたのですが,とても個人的に解決できるものではないと,あらためてその難しさを痛感します。
その後も,古い友人の死,叔母(大阪)や義母(かみさんの母)の急死などの訃報があり,身辺はなんやかんやとあわただしい日々を過ごしています。この歳になると,冠婚葬祭の知らせとはいっても,葬祭関連ばかりが多くなり,否応なく人生の節目に至ったことを意識させられます。
とはいうものの退職後の日常生活は,今までのようなサラリーマン(給料生活者)としての仕事(勤務)中心の規格化された生活リズムではなく,自分なりの生き方(暮らし)中心の生活リズムに変わりつつある,というところでしょうか?
ところで,退職された皆さんはあまり言わないけれど,退職後の一番の関心は経済的な生活の基盤です。老後の経済的柱である年金制度はいま破綻の危機に直面しているとかで社会問題にもなっていますが,小生自身は以前の改正(実態は改悪ですが)による経過処置期間に当たるので,2年後(62歳)から始まる年金の全額支給までは失業手当と貯金で食いつなぐことになります。それまではゆとりがあるわけではないけど,まぁ,あまり金も使わなくなるし,なんとかやっていけるだろう……と楽観していました。
ところが失業手当は,今年から支給額がさらに減額されたうえ,期間も5ヵ月間に短縮されるなど,すでにさまざまな面で定年退職者にとっては改悪となる変更がありました。とくに年金支給予定額の減額などは,先輩の話を聞いて,ぼんやりとではあるものの,それなりに人生設計を立てていた身には,想定外のことばかり。これまで長年,働きながらきちんと年金を納めてきた一国民としては,長期の生活設計の根幹にかかわる「社会契約」である年金制度が,社会的合意形成のための十分な議論もなしに,このようになし崩しに改悪されつつあるのは承服しがたい事態です。無能で見識もない官僚たちが,その自覚さえもないまま,小手先の制度改変をいじくりまわしているさまには心底怒りを感じます。くそっ!
37年間勤めて,初めて失業手当を受給する立場になってみると,大学以来の古い外国の友人に「日本人はそこまで寛容で従順なのかね?」と,皮肉たっぷりに言われたことを,いまさらながら苦々しく思い出すなぁ。
ところで,「なんとかやっていけるだろう」という楽観には,かみさんはまだ働いていることだし……ということも念頭の片隅にあったのですが,これはまったくの誤算,捕らぬ狸の皮算用でした。退職後,4月の給料日(小生にはもう給料日はない)に帰宅したかみさんが,「いつものように,生活費(分担分)は家計口座に振り込んでね。私の分はもう振り込んだから」と,いかにも涼し気な口調でのたまわったのです。ギョギョ(@_@)
あれっ? おいらはもう無職・無収入なんだぜ…と言いかけた時,機先を制するように,
「貯金があるでしょう? 退職金もあるし,失業手当も出るんでしょう?」……
ひえ〜! はいはい,おっしゃる通りでんす。明日にでも振り込みませう,ませう,ませう…(><;)
定年を迎えた時の「あとは好きにしたら?…」という,あのうれしいお言葉には,「好きにしてもいいから,お金はちゃんと家計に入れてね」っていう意味もあったのですね。うむう…。
先輩たちの多くが「定年後の生活設計では予定外のことが起こり,思うようにはいかないよ。はまちゃん,独り善がりと思い込みは禁物だよ」と忠告してくれましたが,たしかにその通りです。また,かつて「やい! 夫婦だから“以心伝心”なんてことは決してないぞ,心は心では伝わらない。ちゃんと言葉で言わなけりゃ,心しておけよ」と苦い思いを込めて断言した友人もいた。彼はある日突然,妻から離婚話を持ち出されて,さまざまな曲折の後,結局離婚することになったのだった。
う〜ん…,実家の両親への毎月の仕送りは,当然のことながら退職後も今まで通り継続しなければならんし,家計分担分も従来通りとなると,こりゃ生活設計を再考しなくちゃ……と,突然わびしい失業者気分に襲われながら,ひそかに苦い思いを噛みしめるはまボーズであった。
「金と女については,考察を深めるほどに不可解である」というのは,賢人・愚人を問わず,古今東西の定理とされているが,ここでもその箴言は生きていたのである。愛すべき大兄たちよ,心して油断するなかれ。ちゃんちゃん
(^^;
■点描(2)
自動車教習所で「六〇の手習い」をするのこと
4月末から自動車教習所に通い始めて,この2ヵ月これにかかりきりです。父母の介護のためにも,また今後の伊豆の山小屋での生活のためにも,車は必要不可欠になるので,退職を機に運転免許をとることにしたのです。
週に3〜4日,マウンテンバイクで尻の肉を鍛えながら通学し,朝から夕方まで教習所で,茶髪のにいちゃん・ねえちゃんに混じって猛勉強です。学科試験問題など,不可解なまでに手の込んだ怪しげな引っかけ問題を解きながら,いや〜,こんなに精根こめて勉強するのは,大学の卒論以来じゃないかなぁ……と感慨にふけったり,道路交通法の習得を通して,道路・交通行政に関連する利権がいかに社会の隅々にまで深く根を張っているか,と推測したり実感したり,なかなか刺激的です。
学んだり教わったりするのは本質的には楽しく,また教習課程を1段階づつ進むのもそれなりに充実感がありますが,やはり「六〇の手習い」「年寄りの冷や水」で,学科教習はなんとかできても,技能教習のほうはなかなか思うように進みませんね。自分では運動神経はそこそこあると思っていたのですが,歳とともにいつの間にか,注意力・柔軟性・適応性などの運動機能が予想外に衰えていて,適性検査(OD式安全性テスト)の結果にはもう愕然としました。(このテストはペーパーテストですが,それでどうやって運動機能などの身体的能力・機能を測ることができるんだろうか…?)
ちなみに(恥を忍んで言えば),総合評価では「運転適性度:2」(5-1の5段階評価),「安全運転度:C」(A-Eの5段階評価)でした。トホホ……(><;)。さらに笑ってしまったのは「健康度・成熟度」(A-Cの3段階評価)で,「身体的健康度:A」「精神的健康度:B」「社会的成熟度:C」。ゲッ! な,なんやこりゃ?(恥)
というようなありさまで,悪戦苦闘していますが,しかし,誰でもなんとか免許を取得できているので,時間はかかっても取得できるだろうし,運転に慣れてくれば普通に運転できるようになるでしょう…たぶん???
(^^; 仮免許や路上教習・みきわめ判定などをなんとかクリアして,あとは卒業検定だけとなったので,もう一息です。もっとも仮免検定(技能)では3回も失敗しているので,卒検でももたつきそうだなぁ。ひひ,ひひひ。
■点描(3)
ハローワークでほぞを噛むのこと
退職2週間後に,雇用保険(失業手当)の手続きのために,管轄のハローワーク池袋(サンシャインビル26階)に出かけました。失業手当の受給を申請するのは生まれて初めてでしたが,そのあまりの混雑ぶりにショックを受けました。このところ景気の回復の兆しが伝えられていますが,雇用状況はまだまだ悪いようです。私のような定年退職のケースは早々と(定型的に?)事務処理されましたが,それにしてもこの混雑ぶりは異常です。
失業の認定や求職の手続き,あるいは失業手当の受給に関する厳格で複雑な(?)規定について,職員の説明を聞きながら,そのいかにも事務的な態度と口調に官僚的・高圧的な雰囲気が漂うのを感じたりしました。彼らは公務員でしょうが,失業者が多くて膨大な事務量をこなすのに忙殺されているのか,役所の仕事の基本は「住民へのサービス」であるという意識はほとんど感じられなかった。
ハローワーク内には求職情報を提供する検索パソコンが100台ほどもあり,さまざまな条件(職業・職種・年齢・就業場所・勤務形態・時間給など)での求職情報を検索できるので,どんな状況なのかを知るためにいろいろ検索してみて,驚きました。職業に「出版関連」,年齢に「60歳」を選択したとたんに「情報は1件もありません」……(><;)
。次に進めない。つまり他の条件など問題外であることがわかったのです。
長年,医療・看護という分野での学術専門書の出版・編集という仕事をしてきたけれど,それはごく特殊な狭い分野であって,求職情報では検索の対象にも入っていないようです。あぁ,自分はこの職業ではもう社会的には求職者としては想定されていないんだ,なるほど。今までとは違う働き方や生き方をすべきだということか……と妙に納得して,なんだか気分がスッキリしました。
60歳を過ぎて,それまでと違う働き方や生き方ができる,などと思うほど楽天的ではなく,そんな自信(過信)もないので,求職はまず不可能だろう,失業手当を受給している間に,こうした自分の社会的立場をよくわきまえて,それに見合った生活設計を考えよう,という気になりました。高校生以来,就職するまで奨学資金やアルバイトでなんとか自活してきた貧乏性のせいか,あるいは生来の小心者根性のせいか,我ながら殊勝なもんでんす。はれほれひれ…
医療・看護・介護分野の出版は,景気や出版界の好・不況と無関係ではないものの,介護保険制度の発足などで需要はむしろ増えつつあるとも言えるので,これまではそれほどシビアに不況を実感する機会が少なかったですね。しかし,こういう現実に直面すると,自分は世の中の景気動向とほとんど無縁に仕事をしてきて,世間知らずのまま,1つの会社勤めで定年まで来てしまった…と思いました。
定年退職の挨拶に対して,何度か転職経験のある友人から,「社会人になってから1つの会社で37年も勤めたって? なんたるざまか!」という,なんとも意味深な(?)返事をもらったりしたけど,自分はなんという単一的な,そしてある意味では幸運な勤め人人生を送ってきたのだろうか……と,いささか忸怩たる思いにかられました。今頃になってほぞを噛んでももう遅すぎるわい。ケケッ。
●無精髭剃るまでもなし定年のハローワークに求人はなし (はまボーズ)
さてさて,駄文もここまで。妄言多謝。
2004年7月 主夫業と教習所通いなどで忙しいはまボーズ拝
*追記:
7月8日,教習所で卒業検定(技能)に合格,13日,試験場での本免許試験(学科)に合格,即日,運転免許を取得しました。約2ヵ月間の忍苦は無事終了。パスポート以外で,写真付きの公的な身分証明書をやっと手に入れたわけだ。ハレルヤ〜 !(^^)!
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