饂飩店店頭帰還的釦

 

 

「はまボーズ定年を迎えるの記」

はまボーズ定年を迎えるのこと

 過日,勤め先の出版社を定年退職した。退職を機に,これまでの勤め人人生を自分なりに総括(古い言葉だなぁ…)しようという気になったこともあり,長い間閉店状態だったこの「饂飩店」を再開することにした。
 以下は,これまで仕事上でお付き合いいただいた著者や知人,また長年の友人たちに送った定年退職のご挨拶と,その後,勤務先の組合機関誌に寄せた近況報告などからの一部流用です。ご連絡できなかった人たちへの近況報告も兼ねているので,いささか感傷的な蛇足という気がしないでもないが,今年は還暦と6回目の干支(申年)と定年退職と,一生に一度のイベントが重複する当たり年だし(?),まぁ,いいか… (^^;

 

 

【1】定年退職のご挨拶

 ご無沙汰していますが,お元気でご活躍のことと思います。
 私事で恐縮ですが,私は今年(2004年)3月31日付けで,勤務先の出版社を定年退職しました。在職中は仕事上だけでなく,公私にわたりさまざまな形であたたかいご指導やご協力をいただき,ありがとうございました。長年のご交誼・ご厚情に深く感謝します。
 
「我が社は,社員を採用するのは結婚するようなものだと考えています…」
――入社の際に,当時の社長(故人)から聞いた言葉を思い出します。
 大阪から上京したばかりで,無為徒食の学生気分の抜け切らない身には,「えっ,そんなこと言われても…」と面食らったものです。以来37年間,給料生活者として「規格正しい日常」を送り,定年を迎えるようになるとは思ってもみなかったことです。
 
  この間,若さにまかせて未熟さの自覚もないまま,自負と自己嫌悪,焦燥と消耗のなかで「意地の哀しみ」を引きずりながら,それでも時には仕事に手応えを感じたり,達成感を味わいながら勤めることができたのは,生来,本が好きということのほかに,幸いにも一貫して取材・編集・制作の仕事をさせていただいたからでしょう。その仕事を通じて皆さんに出会い,多くのことを学ぶことができたのは,まるで「天からの贈り物」のようで,新鮮で刺激的でした。
 今後ともなにかの機会にお付き合いいただくことがあれば幸いです。
 
(PS)以下はいささか感傷的な蛇足です。

“Golden Age”ってほんまかいな? と自問するのこと

 退職後は伊豆の山小屋で,酒とJAZZと釣り三昧の「晴釣雨読」の日々を送り,夢まぼろしの如く生きたい,と願っていたのですが,なかなかそうはいかないのが世の常。大阪に住む老父母の介護や,東京での共働きのかみさん(1人)と猫(3匹)の世話など,とりあえずは主夫業にいそしむことになりそうです。
 定年を迎える日,結婚以来,いまだに青臭さの抜けきらない男の(根拠のない)自負と,(根拠のある)自己嫌悪に,辛抱強く付き合ってくれたかみさんが言いました。
 「人の一生には,20歳くらいまでの学ぶ時期,20〜60歳くらいの働く時期,そして最後のごほうびの遊ぶ期間があるんだって。あとは好きにしたら?……」
 それを聞いたとき,うれしかったなぁ。ハレハレ(^^)v と同時に,これまでも学びながら遊び,働きながら遊んできたような気もするので(遊びながら学び,働き,ではない。念のため),これからは遊びながら遊ぶってことになるんかな…?と思ってしまった。
 欧米では,60代は経済的にも余裕があり,労働から解放されて自由な時間を自分のために使える年代,つまりもっとも「その人らしく」生きることができる“Golden Age”と呼ばれるそうです。え? そうか! おいら,とても幸せそうな年代になったんだなぁ……うふふ (^^;
 ところがどっこい,好事魔多し。「時は流れない,それは積み重なる」。勤続疲労も積み重なる。心身ともに健康で生活にも余裕のある期間は実はそれほど長くはなく,多くの人は75歳以降になると,病気や障害のために遊ぶこともできなくなるとか。“Golden Age”は人生の花,しかしCMのように「♪…花の命はけっこう長い」のではなく,実は短くも儚い(アッチャ〜! やっぱりそうか…)。 70代半ばまでは元気だった老父母を見ていると,そうかもしれない,そうであろうな…と実感します。
 さて,小生はどうなることやら……? 定年退職したからといって人生をおりるわけではなく,死ぬまで「生きる」ことの最前線に立ちつづけるのに変わりはないでしょう。願わくば,「自分らしく生きる」生活がすこしづつ馴染み深いものになり,“Golden Age”をいくらかは楽しみたいものです。

●勤め終え下天の庭に落ち葉焚く  (はまボーズ)

(「近況報告/はまボーズの定年後生活・点描」につづく

 

 

 

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