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【1】プロローグ
さて。お待ちかね? ハナモゲラ日誌PartAは,最近発足した鮎の友釣りクラブ「遊友会」の第1回合同釣行会がテーマです。
前回(といっても何年前やら)は,一応磯釣りをテーマとしたつもりだったが,「ぺっぷ・とーく」を読んだ人から,「はまさんは何の釣りをするの?」などと,まじめそうな顔で聞かれてしまった。
釣りと一言でいえども,海と川(湖)の2大系統に大別して,それぞれの系統で,対象魚と釣法によりほとんど無数ともいえる釣り方や道具,仕掛け,はまったらなかなか脱けられない無間地獄のごときエサの種類,などなどなど……迷路のような系譜があり,それらを一覧表にすると,さながらアメーバから始まって霊長類ヒト科に至る生物進化(退化かも?)の系統樹のごときアナーキーな様相を呈する。「何の釣り?」などと素朴に問われても,「(オンナ目当ての岡釣りではなく)サカナの釣りです」と,ひねくれた答えをするか,「いえ,趣味・スポーツの一種」と,ヒョータンツギみたいな答えでカシゴーマするしかないのである。
このように素朴な質問を受けて思うに,Part@では,「マリリン・モンローと都はるみのチャンバラ」というテレスコ夢が,どのようにしてステレンキョーの釣果につながったか? という深遠なる大命題への考察と分析がやや高踏的でありすぎたために,本来は刺身のツマであったハナモゲラ語や和歌などの,いわばレトリックばかりが目だって,真のテーマの展開を妨げてしまったのであろう。この経験からは「高度の修辞学は誤解を招きやすい」,あるいは「苦心の表現も,怠惰な人間にとっては難解なものとして批判さえかねない」という安直なる教訓が得られたので,今回は新書判・原価3倍掛け・配送料込みくらいに抑えて,記念すべき「遊友会」第1回合同釣行会をレポートしたい。ハナモゲラ流としてはポテンシャルが低く邪道だが,なに,「君子はジャガーチェンジする」という古の教えもあるではないか。キヒヒ…。
【2】「遊友会」釣行レポート
1986年7月某日,「遊友会」発足後,最初の合同釣行会が神奈川県・酒匂川中流の松田地区で開かれた。当日は幸いにも晴天,無風,照りこみという友釣りには絶好の日和で,川の状況も平水位,澄み加減,水垢(鮎の主食である珪藻類)の付きも良好という条件に恵まれ,好釣果が期待された。
「期待はしばしば裏切られる」という教訓はさまざまな試行錯誤の痛苦と迷妄の果てに身につくものであるが,すでにそうした痛みと迷いの苦い味を肌にしみこませた,眼つき鋭い鮎師たち総勢5人は,それぞれの期待と不安と自負とを胸に,黙々と川に入ったのである。以下はその日の小生による偏見と羨望と独断に目のくらんだ愛のレポートです。
■Siozawa・名人
友釣り初挑戦のSiozawa師は,なんと4尾を自力で釣り上げ,鮎師としての資質と片鱗を示しました。心おきなく「名人」と呼びかけることができそうで,うれしい限りです。*注)付録の「遊友会会則(抜粋)」8条参照。
なお,取り込みに際しては,オトリ鮎と掛かり鮎の2尾を水面上に躍らせながら引き寄せるという,古流では禁忌ながら,最近話題の最新技法「引き抜き釣法」への開発意欲をアピールしたとのこと。その果敢・大胆なチャレンジ・スピリットによって,Eguchi名手をたじろがせ,Moriya川番の口をしばし開かせたままにしたそうです。(見たかったなぁ!)
(愚考1)
俗に「鮎掛けボーズ,3日で1尾!」と、地元の憎まれ口ばかり達者なガキどもに囃し立てられるほど,友釣りは初心者には釣れないものである。また,まぐれで掛かるなどということもまずない,と言ってよい釣法である。一見,ツキや運がよくて釣れたかのように見えても,実は釣れるのは「必然性」によるものであることを考えると,初めての友釣りでの4尾は特筆すべき釣果であろう。
■Yamada・達人
現地集合に間に合わず、1人遅れて入川し,大汗をかきつつ現れたYamada達人は,悠揚迫らぬ風情で周りを見回しつつ,のんびりと仕掛けをセットし,「釣る気はないもんね…」といった自然体で鮎を煙に巻きつつ,油断しているチャラ瀬の遊び鮎を知らぬ間に掛けてしまうという高度な「化かし」のテクニックを披露し,年季の違いを見せつけました。あんな水溜りみたいなところにいる遊び鮎が掛かるのか!と,一同唖然。
(愚考2)
世に「木化け・石化けの術」という。鳥獣や魚に人間の気配を感じさせず,木や石といった自然の風物と一体化して狩りや釣りをする極意で,猟師・釣り師にとって究極のテクニックとされる。師はこの「仙人」「達人」へと至る最も遠い道を行く資質の人と言うべきでしょう。日頃,俗世間での女と金をめぐる無頼派もどきの「火宅の人」(?)ぶりを見聞きするにつれ,いやいや,その飄々たる釣り姿にこそ師の真性がにじみ出ている…と思うのは小生の曲解であろうか?
■Eguchi・名手
一番乗りで好ポイント確保の重責を果たしたEguchi名手は,その役割に疲れたか,Siozawa名人,Yamada達人の妙技に度肝を抜かれたか,自己のペースをつかみ損ねて,珍しく1尾目を掛けるのに苦しみながらも,後半は持ち前の「一見ボケ風ツッコミ釣法」を駆使して追い上げ,打ち上げの酒席では,さり気なく「いや〜,今日はボーズかと思ったよ」とのたまい,心憎い余裕を見せました。
(愚考3)
世に「太公望」という。釣りをしながら心は魚にあらず……といった,いわば「釣りは仮の姿」という放心のたたずまいは,師の生得のものであろう。弱ったオトリを元気にする「鮎ホルモン」の開発などと奇想天外な発想をするのも,あるいは「10尾以上でなければ持ち帰らない!」と宣言し,釣った鮎を放流するという奇特な行為も,釣れない口惜しさ,悲しみ,傷ついた期待……といった葛藤のあらわれというより,やはり遊び心を忘れない釣り師のやさしい心意気であろう。
■Moriya・川番
小田急線・新松田駅に着くなりトイレに直行し,ほかの会員よりいち早く朝のおつとめを済ませたMoriya川番は,オトリを入手すると,「ちょっとここらで2〜3尾掛けてから行きますので,あとはよろしく」と,オトリ店前の近場へさっさと入川,その素早い行動により,すでにして出遅れ感を与えて,「自尊自立,先手必勝,迅速行動,是鮎釣本道」のお手本をご教示される。
寸刻後,上流のポイントに合流し,「先場所不調」の貴重なる情報がもたらされる。以後は,Siozawa会員への指導と見本実技に留意しつつ(?),余人には至りがたい「泳がせ釣り」を披露し,コンスタントに実力を誇示される。
(愚考4)
世に「川番」と自称する。いわゆる川の番人,川守り,渡し舟の船頭などの本来の意のほかにも,「釣れなくて,じいっと川を見ている人」というニュアンスもあるとか
(^^;)。自己を律するマイペースの揺るぎなさは,時に厳しく,時にやさしく,周到な準備と綿密な計画,いざ現場での臨機応変な判断と自在な釣技を見るにつけ,その鮎への交情の深さ,自然との親和的交流がうかがわれる。「辛抱と待ちの釣り」とも言われる「泳がせ釣り」をする後ろ姿に,仕事や家庭では見せないであろう孤高の気配を垣間見る思いがするのは小生の深読みであろうか?
■はまボーズ・川法師
前々日,前日,そして当日と三連チャンの小生は,さすがに「モウドーナッテモシランケンネ」の「点目のにじり牛」と化しつつありましたが,「地元の人として,川相の下調べとポイントの選定をよろしく!」というMoriya川番の厳命を遂行するため,足のケガに泣きつつ苦闘・精進しました。ハナモゲラ釣法もあまり冴えず,ガンガン(荒瀬)で転んで流され,ずぶ濡れになって,
はひれみて がんとろさかさ ねがおもと おいなくはてし かきくれめしや
とハナモゲラ和歌を詠みつつ,会員のいるポイントへ戻る。
(愚考5 注解)
「はひれみて」は「がんとろ」に掛かる枕詞。歌の大意は,ガンガンでもトロ場でも鮎の追いが悪く,オトリも弱って逆さに浮いてしまう。根掛かりで,せっかく釣った大鮎もオモリごと飛んで流されてしまった。もはや泣きくれながら昼メシでも食うか……というもの。友釣りの悲哀と痛苦が感傷を抑えた調べのなかにそこはかとなく漂う一首であろうか。評価レベル【惨】(><;)
【3】エピローグ
かくして「半分子どもの脳を持った大人」たちの1日は終わった。鋭かった眼つきはなごみ,日焼けした顔に人なつこい笑いが浮かぶ……。
1時間幸せになりたかったら
酒を飲みなさい
3日間幸せになりたかったら
結婚しなさい
8日間幸せになりたかったら
豚を殺して食べなさい
永遠に幸せになりたかったら
釣りを覚えなさい
(中国古諺・開高健『オーパ!』より)
(初出:「ぺっぷ・とーく」1986年12月より転載。なお,Yamada達人はこの釣行の数年後,病を得て亡くなられました。今頃は仙人となって,彼岸で釣り糸を垂らしておられるでしょうか? 哀悼をこめて再掲します。合掌)
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