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8月某日,明け方,マリリン・モンローと都はるみがチャンバラしている夢を見て跳び起きた。うれしさのあまり,はしたなくも夢の中で「ハレマカショ〜!」と叫んでしまい,その声にクリビッテンギョーして目が覚めたのだ。それくらいこれは吉兆なのである。こういうハチャメチャな夢をしっかりと見た時は必ず釣れる,それも思いがけない大物が「入れ食い」である。もうセメネケに釣れこますのである。
期待と予感でシャバドバになり,うんうんよがり始めたボーズ頭を振りたて振りたて,「いや待てしばし」とはやる気をおさえつつ,さっそく一首詠みひけらます。
あけいずれ せめねけこまそ きはやぶる うみはれまかし けふこそつれめ
うむ。眠気から覚めてモッタリとした調べのなかに,期待と予感がしだいに意志的な相貌を帯びてくるさまをよく伝えている。ハナモゲラ和歌としては評価レベル【醒】。気をよくしてもう一首,へれこきまかす。
つれまほし あーたりきしゃりき たりきへこ いでもきぱれつ どどあっは
予感はもはや確信へと昇華し,字足らずながらやや高ぶり気味の下2句には,うれしさによじ切れそうな突発性一過性のパラノイヤ的情感さえにじみ出てきたではないか。評価【躁】。キキキ…。
なぜ吉兆なのか? それにはじゃっかんの説明が要る。
6年前に,かねてから念願としてよじくれこんでいた黒鯛を釣ったのが始まりだった。あの時は,紅白のだんだらに染め分けされた象の鼻を両手でつかんで,鼻先から象の鼻の中をのぞき込んでいる夢を見た。鼻の中は透き通るように青い海が茫洋と広がっていた……。あまりにもヘレマケソな夢なんで,こりゃオイラもいよいよラリパッパの舌ビラメになったか! と,そのときはへたり込みそうになった。当たり前だ。そんな夢を見りゃ誰だって「点目のにじり牛」になってしまう。
ところがギッチョン,これは天才バカボンのパパだったのだ。「それでよいのだ!」だったのだ。その日初めて,黒鯛を釣ったのだから。
いま思い返しても,あれは実にビッグだった。とは言っても,「魚は死んでから身長が伸び,体重が増える唯一の動物である」というのが古今東西の定義であるから,実際の大きさは永遠に謎なのであるが…。釣った当人でさえ,話の度にだんだん大きくなる魚のサイズなどもはや記憶にとどめないし,もともと「釣り師の真実とは腕の長さだけ伸びる」のである。釣り上げた魚の話をするときは,有頂天になって心に思ったままを正直に,つまり誇張して言うのが最良の策とはかぎらない。やはり冷静に相手を見て,ここまでなら信じるだろう,と思われるギリギリのところを見切り,妥協しなければならない。なかなかつらい,せつないことだ。
それはさておき,このテンキョーチードの事件というか,ラッキーストライクをサカシラに振り返り,「なぜ釣れたか?」を冷徹かつ我田引水的に洞察し始めたとき,オイラはあのテレスコな夢が釣果にとってステレンキョーだったのではあるまいか…?! と直感したのである。このひらめきこそまさに,かのハナモゲラの祖・ヨジレマイオスV世の天啓であった。敬虔なる信徒への慈悲深いヒリコマシであった。
それ以来,「テレスコな夢」と「ステレンキョーの釣果」という,まるで判じ物めいた深遠なるテーマにズルシャバとのめり込んでしまったのだが,東西南北・上下左右・天地人・雪月花・タテヨコナナメ・内角外角サヨナラ三角マタキテ四角と,あらゆる視点・角度からこのテーマに考察を加え,分析を深めた結果,オイラはついに創世記の黙示録的な暗示を得たのである。すなわち,夢と釣果の因果関係は自然現象を媒介とする親和的相関のなかにこそ潜んでおり,それは人知の及ばない黙契としてひそかに顕現されることを発見するにいたったのである。
テレスコな夢こそは,母なる海の遠い呼び声(言霊)であり,海流・潮の色・温度・満ち引き,風の強さ・方向,さらにはポイント(釣り場)の状況といった気まぐれな自然の森羅万象の情報を,釣り人に啓示してくれる秘密のアッ子ちゃんだったのである。この啓示に従えば,必ずステレンキョーの釣果は約束されるのである。
この発見はまさに目からウロコ,クサヤにナットーの大発見で,土俵際で粘る「お迎えでごんす」がオッツケる「ヒョータンツギ」をはたき込んだようなクリビッテンギョーだった。あぁ,ヨジレマイオスV世に祝福あれ! その慈悲深いヒリコマシによって,敬虔なるハナモゲラ信徒にして迷える釣り師でもあったオイラは,ついに「我が釣魚大全」の真髄を会得したのである。
この真髄を会得してからは,もうすべての釣り師を悩ます煩悶と迷妄の無間地獄とはオサラバサイサイだった。もとより真髄を悟ってからも,「我が釣魚大全」を実釣で体得するまでは辛酸つぶさの犬塚志乃であったが,四方八方に飛散した仁・義・忠・孝・悌・礼・智・信のタマタマを集めてからは,もう鬼に金棒,金太郎アメにマサカリ太鼓,アブドーラ・ザ・ブッチャーに地獄突き,五光に青丹・赤丹・猪鹿蝶,シッピン・クッピン親の総取り,ピンゾロ連発のダントツホマレ,オーソレミオのコリャマカセだった。
それまでのように「ナシテ釣レナッハ? アーカモンタレブー,ケスクソ?」と疑い,「イエ! ヤンナルフツキー,オーチンハラショーメ!」と毒づきながら,仕掛けを工夫し,ああでもない,こうでもあろうか…?と思い悩むことはなくなったのである。悔し紛れにやけくそで,「釣り場とは釣り人が到着する前か,釣り人が帰ってしまった後に,ベストコンディションになる場所のことである」などと呟き,斜線入りの目でへたり込むこともなくなったのである。
そう,やるべきこと,やらねばならぬことはただひとつ,ヨジレマイオスV世の天啓をセメネケに祈り,テレスコ夢の吉兆を待つことだけである。吉兆を待つ祈りの呪文(合言葉)はもちろん回文であり,作法は上からも下からも同じに唱えて自己応答する。すなわちこうだ。
呼びかけ呪文:掻いたインキン痛いか(→かいたいんきんいたいか←)
応答呪文:大胆になるな怒鳴るな忍耐だ(→だいたんになるなどなるなにんたいだ←)
さて。
来たのだ,そのテレスコ夢が。それもクリビッテンギョーなやつが。モンローVSはるみのチャンバラなどというヘソカミマカソなテレスコ夢は,もう疑いもなく九連宝燈である。しかもイッパツツモ,親でまだ始まったばかりの東1局目である。オーソレイタノポンニチハム,アレコレマカショーハレマカサイサイなのである。またも一首,もうたちまちできる。
ひりこまし よじれこそばれ ぶるきって よーとまけかませ よやまかしょー
評価【狂】れれれ !(^^)!
かくしてモードーナッテモシランケンネの「にじり牛」と化したオイラは「イッヒ ヤリマカドッホ ウント ツリマクロッセ ヒルルギッチェン アイントクラッハ デルデスデン……」と口走りつつ,房総方面へと出かけたりんけん。
(PS)この日は大ダコを釣った。そこですなわち詠みはべり。
ずーぼつる おおまだこきてん ぬるぬれに いぼいぼどっさり はぎまかそわか
評価【疣】あるいは【毒】 (^^;
いや,それまいた。あれこれはれました。どもども。★
(初出:「ぺっぷ・とーく」1981年12月。掲載時の文に一部分訂正を加えて転載。なお,掲載時の校正ミスというより校正不可能という事情もあったようなので,誤植とは言い切れない。念のため。)
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