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【化け物鮎?2】

 第2話:未知との遭遇@大見川

 

 さて,こうしてようやくメタル・ハイテク糸による新しい仕掛けと「ゼロおばせ釣法」に慣れ,実釣で荒瀬・早瀬・トロ瀬・チャラ瀬とさまざまなポイントを試して,それなりに自信を持てるようになっってきたある日,ホームグラウンドの大見川に出かけた。これはその時の日記風メモ。
 
 2000年8月某日,2週間ぶりに伊豆の山小屋に出かけた。
 台風が通過後,山小屋への影響が心配だったが,山小屋の周りを点検すると,幸いほとんど影響がなかったようなのでホッとして,翌日,昼頃から久しぶりに大見川に鮎釣りに行く。
 
 大見川は台風で大水が出たようで,2週間前とは川の様相が一変していた。なんと土手から川が広々と見渡せるじゃないか! 川岸に密生していた3m以上もの高さの葦やイバラ,雑草がブルトーザーで押し広げたみたいに川下方向になぎ倒されて,見違えるほど見晴らしが良くなってる(笑)。*(注1参照
 
 釣りには出遅れの時間であわててもしょうがないので,のんびりと釣り支度しながら,川の状況や釣り人の様子を見ると,あちこちのポイントには既にかなりの釣り人が入っているけど,どうも見ている限りではほとんど釣れていない様子だ。
 オトリ屋さんの話では,台風で護岸の幅いっぱいまで川一面に水が流れるほどの大水が出たが,今はほぼ平水位に戻った,しかしまだ石に垢が付くまでにはなっていない,それに出水の影響でなぎ倒された川原の葦や流されたゴミなどが石に絡み付いていて,根掛かりが多い,とのこと。
 
 通い慣れた川でポイントの変化はある程度読めるので,とにかく釣りをすることにして,空いている荒瀬のポイントに入る。以前は10mくらいに絞られていた瀬幅が少し広くなっている。水深はやや浅くなったようだが,段差は逆に大きくなり,その分水勢も強い。水は澄みすぎているくらいで,瀬の中の岩盤がむき出しに真っ白に光り,その水の透明感にはやくも秋の気配を感じる。
 
 川岸の石はざらざらでほとんど垢が付いていない。出水で垢が削り取られて,ほとんど「白っ川」状態だが,流心の石裏にはいくらか垢が残っているんじゃないかと期待して,背針仕掛けでオトリを強引に瀬の中に入れる。
 すぐに当たりがあり掛かったが,手応えが軽い。引き抜く時に見ると15cmくらいの小型で,どうやら遊び鮎を掛けてしまったようだ。この後も掛かる鮎は小型で,荒瀬では錘りを使ってもすぐにバテてしまい,泳がなくなる。どうも縄張り鮎はこの瀬にはいないか,すでに釣られてしまったようだ。
 
 瀬尻にいた人がさらに下流に下がっていったので,そこに場所を変えて,2尾目のオトリ鮎を出して再スタート。
 ここは底のあちこちに岩盤が走り,大石が点在し,水深もあり,すぐ上の荒瀬から奔ってきた流れが波立ちながら広がるので一見すると緩やかそうだが,なかなか押しの強い深瀬で,背も立たない。足元からえぐれるように深くなっているので釣り座が限られるが,大物鮎がよく出るポイントでもある。
 ここで苦心してようやく良形の鮎を獲ってからは,続けて5尾,22〜23cmの良形が入れ掛かりで釣れた。瀬尻には垢が残っているようだ。はやる気を抑えながら静かに慎重に釣る。
 
 ほとんどの川では鮎シーズンもそろそろ終期に近いが,天然遡上の多い狩野川ではむしろこれからが盛期ともいえる。鮎の型も大きくなり,引きも強い。体高が高く,背ビレも尾柄もよく発達して長く,追い星マークが金色に輝く美しい鮎だ。オトリ交換で手に取ると,プ〜ンと甘いスイカのような天然鮎独特の香気が鼻をつく。
 
 ……と,ここまではよかったんだが…。
 
 そろそろ上がろうか…と思い始めた夕まずめどき,不意に強烈な当たりがきた!。竿を引ったくるような電撃的な当たりに,一瞬,岩の上で体のバランスを失う。竿を立てる間もなく,目印が瞬時に上流沖へと走る。
 ものすごい手応え,なんちゅう疾さと重さだ!
 
 足場を探り,腰を落としながら竿を立て,これまで経験したことのない強引で苛烈な引きにあわせて,竿をため,上下左右に振り,後ろに倒し,上流に泳ぐのに乗じて泳がせながら誘導して疾走を止めようとするが,とても止めきれない。小刻みに足を送り,踏ん張り,しゃがみ,竿にしがみつき,キリキリ舞いしながらもなんとか体勢を立て直す。
 
 こんな巨大で強力な奴がいるのか…。
 
 その間,やつは2段・3段引きどころか,6〜7段引きを繰り返し,それでも強力さは衰える気配さえなく,オトリ鮎を引きずりながらも,押しの強い流れに逆らって上流へ,沖へと遡り,潜ったまま姿も見せない。
 
 こいつ,ほんとに鮎か…?
 
 半信半疑で,何度目かの重く強い段々引きに耐えながら,5分以上も必死にやり取りする。9mの硬調鮎竿が満月に引き絞られて,竿先が川面につかんばかり。竿が折れる…!とゾッとした。
 ようやく引き寄せることができ始めて,「獲れる!」と思った時,まるでその一瞬の気のゆるみを狙っていたかのように奴は反転,今度は流れに乗って一気に下流へと疾走,たちまち流心に潜られた(いかん!)。そのとたん,「あっ」という間もなくあっさり糸を切られた。!!!
 夕方の白っぽい空に,糸と目印がひらひらふわふわとなびく…………
 
 あれははたして鮎だったのか…?
 
 近くで見ていた釣り人が寄ってきて,
「何だったんでしょうね?」
「鯉はあんなに走らないし,サクラマスはあんなに引かないし…」
と話しかけてきたが,正体はわからないままだった。
 
 あとになって,もしかしたら噂の「三倍体鮎」だったのかもしれない,と思った。(注2参照
 あの強力な段々引きは鮎の引きに似ているともいえるし,あの泳ぎ方と疾走ぶりも鮎独特の習性にかなっているような気もする。数少ないけれど,30cmを超える大鮎は今でも釣れるし,そういう大物だったのかもしれない。しかし,これまで28cm以上の大鮎を何尾か釣ったことがあるが,その時の経験からして,あれほどの強力で粘りのある引きではなかった,やはり鮎にしてはあまりにも桁違いの引きだったようにも思う。
 う〜む,わからん…。
 
 これが今年(2000年)の夏休み最後の釣行での出会い,鮎師にとっての「未知との遭遇」として,老来カビの生えつつある脳に鮮烈な記憶の痕をとどめておきたい。

(*注1)大見川
 大見川は,関東の鮎の名川として名高い狩野川最大の支流で,修善寺橋の上で本流と分かれる上流部にあたる。川沿いの土手と道の下にはかなり大きな木も繁り,雑木や葦,蔦,イバラ,雑草が3m以上もの高さに密生してジャングル状態なので,普段は土手や道からは川の流れが見えない。土手の下の両岸には護岸のために櫛歯型コンクリートが沈められていて,それがこの川独特の景観をつくっている。右岸あるいは左岸寄りに蛇行する流れに沿って,水流の当たる岸側にはその櫛歯型コンクリートが露出しているが,その対岸は土砂で覆われて雑木や葦や雑草が生い茂っているというわけだ。
 中流部と違って,広々とした川原というものがなく,鮎の川としてはやや川幅も狭いが,流域全体に大石・中石が流れの中にいくつも突き出て,岩盤状の底石があちこちに点在して複雑な流れを形成し,急流や水深のある場所も多く,また岸際の木が水面に覆いかぶさり,片岸からしか竿を出せないポイントもたくさんある。
 
 川相からいっても,鮎釣りにはかなりの熟練が要求され,通い慣れたベテランにとっても釣りにくい,まぁ言ってみれば「癖のある」川だ。
 しかし,上流部なので年間を通じて水温が低めで,また海からの遡上を遮るほどの高い堰堤もないので,鮎のほかにもイワナ,ヤマメ,サクラマス,鯉…などなど,さまざまな魚類が棲息している。50cmを超える大イワナ,大ヤマメ,それに60cm以上のサクラマス,30cm以上の尺鮎など,近年は稀になったけど,思いがけない大物が釣れる,という。
 「釣り上げた魚の大きさは釣り人の両腕の幅まで成長する」とは,古今東西に共通する至言で,にわかには信じられない話だが,3年前,知り合った地元の人にそういう大物の冷凍保存した実物を5〜6尾も見せてもらったことがある。この人は釣り人のなかでは稀な,ホラを吹かない人だった。
 水質は,有名な温泉観光地のなかを流れる狩野川本流に比べて,大見川上流域には人家も少なく生活廃水の流入が少ないので,汚染も少なく,川としてはまだ自然がかなり残っている数少ない川であり,釣り人にとっては魅惑の川である。

(*注2)三倍体鮎
 近年,遺伝子の操作により,本来は1年魚である鮎が3年間くらい成長・発育を続け,普通の鮎に比べて三倍くらいの大きさにまでなる新種の鮎がバイオ技術で開発され,試験的に生産された鮎がいくらか放流されている,という。
 鮎の養殖だけでは応じきれない需要に応えるためとか,養殖業者の利益増のためとかの経済的な理由や,将来の食料需要に備えての水産資源確保の研究などというもっともらしい意味付けがなされているらしい。なかには釣り人の要請に応じるためなどという的外れもはなはだしいこじつけさえ聞かれる。
 この三倍体鮎は一種のハイブリッド体なので生殖能力はないらしいが,生殖能力のない人造生物を作ってどうするんだろうか?

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