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2002年12月
1日 日曜日
【師走へ】
中央区銀座一丁目、旧テアトル東京前から中央通りを銀座八丁目まで見晴るかす。
信号が一斉に赤く点灯して、銀座八丁は「止まれ」状態である。
信号機の点灯には何らかの規則性があるらしいが、この時間帯の銀座、一丁目から八丁目まではすべての信号が同期して点灯するらしい。
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義母の治療がワン・クールを終え、今日から2週間の自宅療養が始まる。
これで、年末年始、義母は病院のベッドで、と決まったようなものだが、先のことを考えない、考えるならもっと先のことをと自分に言い聞かせたりする。
義父の在宅介護支援、入浴サービスに携わる人々に年末年始はないようで、大晦日も正月三日も入浴サービスが受けられるようで一安心するとともに、しみじみと有り難い。
義父母が真夏に倒れて以来、長くて短い今年の後半も最終月である。
「止まれ」そして「進め」、心寂しい11月が終わり、気の遠くなるほど慌ただしい12月のスタートである。

2002年12月
2日 月曜日
【かねやす】
『本郷もかねやすまでは江戸のうち』
古川柳で名高い『かねやす』のある本郷三丁目交差点。
川越街道が豊島区東池袋一丁目池袋六又陸橋交差点で『春日通り』と名前を変え、この交差点までが国道、この先、湯島を経て墨田区横川五丁目栗原橋までは都道となるらしい。全長約11.1Kmの道だ。
本郷三丁目以東の都道区間は道幅が狭くなり、国と都の財政、懐具合の違いかなとも思うが、そう単純でもないらしい。
国道と言っても国は「国道ですよ」と指定するだけで、実際には都道府県(政令指定都市を含む)が道路を維持管理するのであり、都内の国道も都道も管理費は都が負担するのである。
ただし、国道には『指定区間』というのがあって、『指定区間』に指定されると国が55%を補助するので、都道府県の負担は45%で済む(道路法第五十条)のだという。
『春日通りもかねやすまでは補助金のうち』?
道路標識を子細に観察すると面白い。

2002年12月
2日 月曜日
【PTHPasteboard】
Macintosh
にせよ Windows にせよ、オンラインソフトで、とてつもなく便利で一度使ったら手放したくなくなるソフトウェアが無料であることが多い。
『善意』というのは面白い。
『無料』という『善意』で公開されたソフトウェアには『善意』の支持者からのフィードバックが寄せられ、ますます完成度を高めていくものも多い。その一方で、『善意』を解さないユーザーの心ない誹謗中傷で開発に嫌気がさしてしまう作者もいるという話も聞く。
また『有料』のソフトウェアに送金したら「パスワードはありません。[私は払いました]にチェックを入れてください」などという作者のメールが届くこともある。払ってもいないのに[私は払いました]をチェックするなどという嘘つきを相手にしないという、『善意』を信頼してのプロテクトで、しみじみと好感が持てる。
PTHPasteboard
は文字列をコピーした際、その履歴を保存してくれる小さなソフトウェアである。
環境設定で「ログイン時に起動する」をチェックしておくとメニューバーにアイコンが表示され、いつでも過去の履歴を参照でき、その項目をクリックすることで入力が可能になる。
「ペーストボードのサイズ」で記憶する件数、「1項目あたりの最大サイズ」で項目の許容文字数を設定できるのも有り難い。
さらに「バッファを保存する」をチェックしておくと、ログイン時に前回ログアウトした時点の情報が保存しておけるのも素晴らしい。
使ってみると非常に便利で、Web
ブラウズ時の URL メモ、気になった情報を次々にコピーしてストックする、文書作成時コピーやカットした文章のバックアップなどなど、思わぬところで役に立つ。
OS 9 までの環境では、この手のソフトウェアをバックグラウンドで起動させておくと、システムが不安定になるなどの弊害もあったが、マルチタスク、プロテクトメモリを備えた
OS X ならではの快適環境である。
厳密にいえばフリーウェアではなく、ドネーション(寄付)ウェアであり、妥当だと思う対価を送金することで、作者を支援するシステムである
(PTHPasteboard is free and will always be free. If you'd like
to donate money towards this and other free PTH products please
click the above button.)。
PTHPasteboard
ダウンロードはこちらから。
静岡県出身、某W大学出身の E-WA
さんによる日本語化がなされているのも嬉しい(^^)

2002年12月
3日 火曜日
【キノエネ醤油】
JR山手線駒込駅跨線橋を渡る黄昏時、橋のたもとにある『大國神社(だいこくじんじゃ)』に美しい灯りが灯る。
日本の味と言えば、まず最初に醤油を思い出す。
醤油の味、色、香り、どれをとっても切なく愛おしい。
子ども時代を関東地方で過ごすと、醤油の産地千葉県野田市に近いせいか醤油の宣伝広告に接する機会が多かった。キッコーマン、ヤマサ、ヒゲタなどの名が思い出深いのだが、とりわけ『キノエネ』という不思議な名前が気になっていた。
十干十二支、それぞれの一番先頭にある「きのえ」と「ね」に当る年または日を甲子(かっし・こうし・きのえね)と呼び、『一番最初の』『稀れである』などの意味合いで用いられる。それを社名にしたキノエネ醤油は天保元(1830年)年創業の醤油メーカーである。
キノエネ醤油創業の四年後、四国の土佐藩に細川潤次郎(儒学者・洋学者・土佐藩校致道館教授・元老院議官・貴族院副議長・枢密顧問官・東宮大夫・華族女学校々長・文学博士・男爵)が生まれ、元老院幹事となった明治十二(1879)年、大國神社が現在のような神社の体裁を整えるために尽力したという。
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大國神社には甲子の日に木彫の大黒天像(密教の大黒天と我が国の大国主命信仰が習合)を参拝者に授ける習わし(甲子の夜に大黒天を祀ることを「きのえねまつり」という)があるそうで、『甲子(きのえね)』と『食物の神』にちなんでキノエネ醤油が寄進したのではないかと思われる電気の常夜灯が、境内に二基据えられていて、黄昏時になると点灯するのだ。
子ども時代、僕の憧れは、「ただいま」と帰る家に常に母親がいて灯りが窓に灯っている暮らしだったので、夕暮れ時に点灯し醤油メーカーの名が書かれた大國神社の常夜灯は、「豊かな家庭」を象徴しているかのように見え、切なくも懐かしく心惹かれる。
仕事帰り、駒込駅前に灯る常夜燈は、 「ああキノエネ醤油を買ってみたいなぁ」と思わせる、極上の宣伝媒体となっている。
キノエネ醤油のホームページはこちら。

2002年12月
4日 水曜日
【キラー・ショップ】
歳をとると買い物が面倒になる。
若夫婦にとっては近場の商店街が、老夫婦にはうんざりするほど、遠い場所に思えるらしい。
そういう微妙な地域を選んで、大規模小売店が出店するので、買い物客が高齢化するほど、ちょっと離れた地域の商店街は寂れていくようだ。
それでも、どうしてもあの商店に行きたい、行って買い物をすれば多少の足の疲れも吹っ飛ぶ、そんな気にさせてくれる商店が何軒かある限り、商店街は死なない。
パソコンの OS を普及させるために、「どうしてもあのアプリケーションが使いたいから、この OS を選ぶ」という引き金になるものを『キラー・アプリケーション』と呼ぶのだが、商店街も『キラー・ショップ』があると活性化するのである。
豊島区にある『しもふり銀座商店街』。
小学生時代、母が働いていたアパレルメーカーとその小売店があった懐かしい商店街である。義父母にとっては「遠い」商店街になってしまったが、僕は週に何度も足を運ぶ。ここで買い物をして帰ると、義父母が喜ぶのである。
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豆腐の『かさはら』、ここの生湯葉や寄せ豆腐は安いのに飛び切り美味しい。生揚げ、がんも、油揚げ、どれをとってもひと味美味しい。義父母は、「この店の生湯葉なら毎日でも食べたい」と言うのである。
その隣にあるのが『二木商店』。
どういう事情なのか、ウナギ・ドジョウの店と鮮魚の店が軒を接しながら、別店舗のような営業をしている。老夫婦と若夫婦なのだろうか。
とくにウナギの店舗は懐かしく、小学生時代、生きた鰻をさばく見事な作業を飽きることなく見ていたものだ。鮮魚部も活気があって親切で、ついつい鮪のぶつ切りを買い、酒のつまみに山かけが食べたくなる。
この二軒の店がある限り、僕にとっての『しもふり銀座商店街』は死なない。
このお店があるから、肉も野菜もついでに買い物しようという気になるのだ。
シャッターを閉じたままの空き店舗にせめて二軒『キラー・ショップ』を誘致する。
それもまた行政ができる小さな商店街活性化策ではないかと思ったりする。

2002年12月
5日 木曜日
【トナカイの足音】
12月に入ったら街中にクリスマスの飾り付けがあふれ出した。
クリスマスがちっとも嬉しくないのは、子どもの頃クリスマスの夜を家族団らんの中で過ごせなかった者の僻みとやっかみにすぎないことは、この歳になれば充分に分かる。
それでも夜のニュースでキリスト教系大学の巨大クリスマスツリーに灯りが点ったなどと聞くと、やっぱり心淋しい。
「クリスマスツリーを家に飾ったことなんて無いよね」
と、さほど豊かな暮らしでもなかった妻と義母に聞くと、「ある」のだという。
そうか、きちんと洗礼を受けたクリスチャンの母子なのだから当たり前かと納得する。
それがきっかけとなって、久しぶりに一時退院した母と娘のクリスマス談義に花が咲く。
富山市内にある小さな教会、冬はだるまストーブが設置され、雪の中の礼拝になることもあったという。
教会にドーベルマン系の真っ黒な雑種の犬が飼われており、『ヒッポ』と名付けられていた。ドーベルマン系と言っても耳も尻尾も切られていないので精悍と言うよりとぼけた風貌だったそうだ。
礼拝の最中、教会内を歩き回ったり、だるまストーブの横で寝ていたりするのだが、時折「おなら」をするのが癖で、牧師様のお話を聞きながらなので大人たちは笑うこともできないが、子どもたちは可笑しくてたまらなかったという。
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クリスマスの夜、牧師様はどこかで借りてきたサンタクロースの衣装で登場し、トナカイは角を付けた『ヒッポ』だったので、その夜は皆で心ゆくまで笑ったという。
足の爪の手入れをして貰っていない『ヒッポ』が木の床を蹴る音と静かに流れる賛美歌。
思い出すたびに可笑しくて切ない雪国のクリスマスだったという。
義母の身辺整理のために銀行まわりをしたら、掌に乗るような小さなクリスマスツリーをいただいた。義父がお世話になっているデイサービスセンターの予定表の横に吊して、ここにも小さなクリスマスがやってくる。
生まれて初めて、家庭にクリスマスツリーのある12月である。

2002年12月
6日 金曜日
【鍵がない】
出掛けようと思った途端、鍵が見つからない。
自宅と仕事場を往復しているうちは良かったが、それに義父母の住まいの鍵が加わったから大変。
それぞれの鍵の置き場を混同してしまうし、毎日の目の回るような忙しさもあって、咄嗟に置いた鍵のありかが思い出せないのだ。しょっちゅう鍵を探し回るような暮らしだから、複数の鍵束を持っているとかえって煩雑で、東京の三箇所に加えて、郷里清水市の母の住まい、母の工房の鍵までぶら下げている。どの部屋にも息子は咄嗟の時に、自分で鍵を開けて入れなければならないからだ。
出掛ける間際に鍵を探し回るようではいけないからと、ここなら必ず目にとまるだろうと思った場所に、ひょいっと載せて置くのだけれど、その場所が思い出せなくなる。そして、探し回ったあげく、どうしてこんな場所に置いたのだろうと自分が不思議でたまらないことが多い。
干支で一回り年上の友人、Tさんが最新型の携帯電話を持つようになった。
自慢げに見せる最新機種に全員唖然。
自宅や会社の鍵がずらずらとぶら下がり、おまけに靴べらまでついているのだ。
女性編集者たちは「だっさーい、おじんくさーい」と大笑いなのだが、本人は「電話機同様、どれも大切なものだからひとまとめにしておきたい」のだそうだ。
僕もつられて笑ったものの、その気持ち、わからなくもない。
鍵も、財布も、デジカメも、くつべらも、そして「置き忘れた眼鏡を探すための眼鏡」も、全部ひとまとめになっていたらどんなに便利だろうと思うこともあるのだ。
たが、女性編集者たちに「だっさーい、おじんくさーい」と笑われたくない一心で、毎日出がけに鍵や財布がないと大騒ぎしているだけなのかもしれない。
写真はかつて、友人上野文規さんの紹介で宿泊した釧路のホテルの鍵。
こんな鍵ひとつで、気ままに暮らせる未来はまだ遙かに遠い。

2002年12月
7日 土曜日
【路上のパフォーマンス】
学生時代を過ごした1970年代後半、日本の現代美術もかなりパワーを失いつつあったけれど、それでもパフォーマンスなどには、見るものをドキッとさせるものがまだまだあった。
六義園の平成14年度外周部改修工事が始まった。
今年度は染井門と煉瓦塀の改修であり、総工費5,485万円、うち都費が870万円、国費が4,615万円である。
早速、ミニパワーショベルが入って染井門前の歩道のタイルを剥がしている。もったいないなあと眺めていたら剥がした後の土の上で、工事関係者が台秤で何かを計量している。
えらく真剣で厳密な計量をしているようなのだが、何を何のために計っているのかがわからない。10分ほど立って眺めていたのだがどうしても謎が解けない。
そんなに厳密なら、本郷通りに面した振動の激しい舗道上ではなく、六義園内で計れば良さそうな気もするのだが、彼らはどうしてもこの場所でなければ気が済まないらしく、台秤の下に合板の板を敷いて平衡を保つためにも苦慮しているらしい。
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結局謎解きはギブアップ。
それにもかかわらず、良き時代の路上パフォーマンスを見せて貰ったようで得した気分になる。
行政の審査を受け、許可証を貰った大道芸人が所定の場所で披露する芸を『パフォーマンス』などとニュースで報じる昨今だが、本当の『パフォーマンス』というのは突如路上に出現し、日常と非日常の仮面を剥がしてみせる、謎を孕んだものであるべきなのだ。

2002年12月
8日 日曜日
【白醤油】
12月3日の日記で千葉県野田市にある『キノエネ醤油』の事を書いたら、お醤油の詰め合わせセットを同社より頂戴してしまった。家族は大喜びである。
もちろん本人も大喜びで、早起きしてお米をとぎ、朝ご飯は『キノエネ醤油』サイトで紹介されていた「白醤油」を使った「タンタン御飯」にしてみた。
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夏目漱石が大好物だったという「生卵かけ御飯」、白醤油だと黄身の色が冴え、鶏卵の味が引き立って素晴らしい。実は生卵かけ御飯、醤油でなくて塩、しかも温泉卵にしておくと飛び切り美味しいのだが、醤油味と塩味の中間くらいで、『白醤油の生卵かけ御飯』はまた別の意味で美味しい。
「タンタン御飯」レシピにあったアサツキは手元になかったが、チューブタイプのバターをのせてみたら『洋風白醤油生卵かけ御飯』になって、これもまた大好評だった。
白醤油の味を把握したので、次回は『白醤油納豆かけ御飯』、『白醤油温泉卵かけ御飯』にも挑戦してみたい。また、最近では塩で寿司の握りを食べさせることもあるので、義父の大好物、『お刺身のづけ丼』を白醤油で作ってみたいと思う。
素材の色を生かす、素材の微妙な味と香りを生かす、と言う意味で大変面白い調味料だと思う。
キノエネ醤油のホームページはこちら。

2002年12月
9日 月曜日
【カラスなぜ鳴くの】
「カラスなぜ鳴くの……」と何度も歌っても、本気でなぜ鳴くかを考えたことはない。
「カラスの勝手」だし、鳴くのはカラスだけではないのだ。
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本郷通り、東大赤門前バス停、カラスが道端で鳴いていた。
誰に対して、何処に向かって鳴いているのか定かではない。見つめる視線の先は鉛色の冬空だし、右を向いたり左を向いたり、不特定方向に向かって鳴いているのだ。
悲憤慷慨して泣いていたのかもしれないし、明日は雪が降るぞと、身の引き締まるような厳しい朝を予告していたのかもしれない。
12月9日、東京は未明から雪が降りしきっている。

2002年12月10日 火曜日
【女と鼻歌】
人間、歳をとると二つ以上のことを同時にするのが困難になるようだ。
義父など、咬みながら飲むことすら困難になってきて、それでも食べなければと震える手で箸を動かして食べ物を放り込むので、口の中がいっぱいになってしまい、むせたりするので家族は目が離せない。
自分も食べながら、家族に注意を注ぎ続けるのを同時にこなす介護など、若いからこそできるのだと思う。
若い頃の母は単調な家事をこなす時、持ち前の甲高い音で鼻歌を歌っていた。
子どもの頃は、母にとってそれなりに家事も楽しいのだろうし、楽しめるからこそ女性は家事に向いているのだろうと思ったりもした。飲食店を経営するようになると、客が食べ散らかした山のような食器を鼻歌交じりで深夜まで洗う母をよく見かけたものだ。
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義父母の家庭内介護の手助けに、朝の食事作り、朝夕の食器洗いと後かたづけは僕が担当しているのだが、必ず鼻歌が出る。皿を洗いつつ鼻歌を歌っていると、余計な憂さを思い浮かべるのが困難だからだ。
「鼻歌でも歌っていないとやってらんないよ」という気分が初めてわかる。
母は最近、家事をしながらの鼻歌が出ない。
丸くなった背中を見ていると、家事に集中しているのがよくわかる。集中しなければ家事をできない歳になり、鼻歌を歌う余裕も無くなったのかもしれない。
女が鼻歌を歌えなくなる時が、若い者の援助が必要になる日も近いよと、教えてくれているような気もする。

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