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2004年11月17日 水曜日
よじれ撃ち清水ノート……54【ちちろ鳴く頃】
●●●今日の寄り道→【清美軒(せいびけん)】

小学生の頃から難聴気味で、あまり微かな音は聞こえない。
そのせいか道端の小さなものが視覚的にひどく気になり、気になったのに忘れてしまうともっと気になって悔しいので、町歩きにデジカメが欠かせない。デジカメは咄嗟のメモ帳であり、後でゆっくり見る際の拡大鏡でもある。
清水港橋たもとに貼り紙があり、西宮神社大祭と書かれ、清水旧市街の大切なお祭り“おいべっさん”が近いことを告げている。。
よく見ると“清水魚座”とあるのでその由来を、清水インチキ郷土史研究院御学友でもある美濃輪稲荷大鳥居前、射手座の魚屋に聞いてみた。その説明は次のとおり。
江戸時代の清水湊(みなと)といえば今のような海に面した外港ではなく巴川の河口付近を指したのだそうだ。港橋たもとから上流に向かって続く現在の本町や上町の川沿いには、大阪夏の陣に功あって駿河湾の独占権を得た廻船問屋が軒を連ね、美濃輪町に向かっては商人の町が急速に発展した。
西宮神社より100メートルほど巴川を遡ると「上総(かずさ)稲荷」という小さな祠があり、その場所はかつて武田信玄の重臣馬場美濃守(ばばみののかみ)が築城した袋城のあった場所だとされている。
最初、西宮神社のある辺りに魚座(魚市場)があったのだが、御神体である水蛭子大神を祭るようになって、魚座(市場)は上総稲荷の場所に移されたらしく、最初の魚座があった場所を本魚町(もといまち)、次の場所を新魚町、その先を袋町と称し、地元の者はあわせて魚座三町と呼んだのだという。

onMouseOver
“おいべっさん”の頃になると急に肌寒さを感じるようになる。
港橋からさつき通りを歩いていたら、かつて好きだったけれど店をたたまれてしまった蕎麦屋の扉に、
「教会でゴスペルを聞いてみませんか」
とアクティブでハイカラなメッセージが書かれた貼り紙があってびっくりした。問い合わせは家人にとあるので、そうかこの蕎麦屋にはゴスペル好きがいたのかと嬉しくなる。
“Jubilee Mother Gospel Cholus Christmas in Church”と題して2004年12月5日(日)15:00からカトリック清水教会でクリスマス・ゴスペルコンサートがあるのだという。
大澤酒店前にも貼り紙があって俳句が書かれていた。「健」の署名があるので大澤酒店には健さんという人がいて俳諧をたしなまれるのかもしれない。
句の中に「ちちろ」という聞き慣れない言葉があり、無知なので「(ひょっとして清水の方言かな)」などと喜んだのだが、「ちちろ‐むし【ちちろ虫】(その鳴き声から)コオロギの異称」と広辞苑第5版にしっかりと書かれていた。
巴川沿いに祭囃子が響き、庭の片隅でちちろが鳴き、カトリック教会から港へと続く坂道にゴスペルが流れる頃、清水の町も慌ただしい年の瀬に入っていく。
小庭掃く 妻の差し足 ちちろ鳴く
(大澤酒店の「健」さん)

写真小上:港橋たもとに掲げられたおいべっさんの人相書き。実はご神体の水蛭子大神とは似ても似つかないという噂があるが神主以外は見たことがないという。魚屋はどうして知っているのだろう?
写真大上:大澤酒店店頭。このようなメッセージのある店頭が好きだ。
写真大下:巴川富士見橋より望む港橋。港橋右岸手前に西宮神社、その手前に上総神社があり、江戸時代の魚市場だった。
写真小下:クリスマス・ゴスペルコンサートへの招待状。“Jubilee Mother”は清水言葉で「おまつりかあさん」と訳して良いのだろうか?
[Data:MINOLTA DiMAGE F300]
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【清美軒(せいびけん)】
誰でも自分の家のカレーライスが一番美味しいように、近所のパン屋が一番美味しかったりし、近所に近所ならではのパン屋があるというのは、とても豊かなことだと思う。
実は肉屋、魚屋、八百屋だって近所に“ならでは”の店があるのは豊かなことなのだと思う。
小学生時代は新富町の『大和ベーカリー』 が“ならでは”のパン屋であり、中学生以降は『清美軒』が“ならでは”のパン屋だった。

「生シュー」好きな母に頼まれて通い詰めたのは万世町の『清美軒』であり、この相生町の『清美軒』はあまり馴染みがないが、万世町店なき後「清」「美」「軒」の懐かしい三文字が見られる貴重な場所である。
実は近所“ならでは”のスーパー、入江町『しみづ屋フードセンター』にも大手製パンメーカーに混じって『清美軒』のパンがあるのが嬉しく、ついつい『清美軒』のパンを手に取ってしまう。
[Data:MINOLTA
DiMAGE F300]
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