【電脳六義園通信所】について
東京・文京区在住の装丁専門のデザイナー、石原雅彦が運営する個人サイトです。毎日、都の庭園「六義園」を眼下に眺めながら仕事をしていますので、徒然なるままの「想い」の発信は常に六義園の上空を飛び越えていくことになります。 「電脳六義園通信所」は、ただそれだけの理由で命名しました。

【六】について


六義園の六です。書体はタイプバンク明朝です。手持ちのMacintosh用フォントで、最もまともなバランスだと感じられた「六」です。


筆文字実験室を主宰する津波渓鵬さんにお願いして、当サイトのLogoとしてあっと驚く躍動感溢れる「六」を書いていただきました。
筆文字実験室

【石原雅彦の平凡な略歴】

1954年(昭和29年)
静岡県清水市入江新富町(現入江南町)に生まれる

1960年(昭和35年)
東京都北区立王子小学校入学 春・夏・冬の休みだけ清水に預けられる。

1966年(昭和41年)
静岡県清水市立第二中学入学

1969年(昭和44年)
東海大学付属第一高等学校入学

1974年(昭和49年)
東京教育大学(現筑波大学)教育学部芸術学科入学

1978年(昭和53年)
同 卒業。 YAOデザイン研究所入社、雪印乳業等のパッケージデザインを担当。

1981年(昭和56年)
同 退社。 クラリオン株式会社 社長室デザイン課(現デザインセンター)入社。

1984年(昭和59年)
同 退社。 フリーランスとなる。

1988年(平成元年)
有限会社TAMON設立
同 代表取締役兼下働きに就任、現在に至る。

賞若干、罰無し

【良く読み返すメモ】

「私どもの日本語は、テニヲハという助詞をニカワのように使って、単語を接着してゆくことばです。言語学では、膠着語といいます。語族としては、ウラル・アルタイ語族に入ります。何万年か前、北アジアや中央アジアで発生したことばです。世界じゅうに、仲間は多くありません。ヨーロッパでは、フィンランド語、ハンガリー語、近東ではトルコ語、東アジアでは蒙古語、死語となった固有満州語、韓国・朝鮮語、それに日本語だけです。」
「こういう言葉をつかっていると、思考が乾くいとまがないだろうと思う。論理は、レンガのように乾燥したものである。情緒は接着剤のようにいつも濡れている。朝鮮人や日本人の多くが好む感傷的な歌謡曲をきいていると、大脳までが涙で水びたしになりそうになるのは、私たちが本来感傷的な民族(複数)であるというよりも、言語(この場合、歌詞)が情緒的で、私どもの言語感覚が情緒に過敏であり、作詞者が効果を期待した以上に、受け手の言語的感受性が大きく戦慄するせいかとおもわれる。
 べつに、朝鮮人や日本人が、大脳生理学的に情緒過剰な民族(複数)であるとはおもえないのである。」司馬遼太郎『以下、無用のことながら』より


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